学問のすすめ3 福沢諭吉
2008年07月13日
学問のすすめ3
福沢諭吉
出典:インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)
六編〜七編
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)貴賤《きせん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)外国|交易《こうえき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+畜」、第3水準1-84-85]
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底本:「日本の名著 33 福沢諭吉」中公バックス、中央公論社
1984(昭和59)年7月20日初版発行
底本の親本:「福沢諭吉全集 第三巻」岩波書店
1959(昭和34)年4月
初出:「学問のすすめ」
1872(明治5)年2月初編発行
入力:任天堂株式会社
校正:松永正敏
2008年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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六編
国法の貴きを論ず
政府は国民の名代にて、国民の思うところに従い事をなすものなり。その職分は罪ある者を取り押えて罪なき者を保護するよりほかならず。すなわちこれ国民の思うところにして、この趣意を達すれば一国内の便利となるべし。元来罪ある者とは悪人なり、罪なき者とは善人なり。いま悪人来たりて善人を害せんとすることあらば、善人みずからこれを防ぎ、わが父母妻子を殺さんとする者あらば捕えてこれを殺し、わが家財を盗まんとする者あらば捕えてこれを笞《むち》うち、差しつかえなき理なれども、一人の力にて多勢の悪人を相手にとり、これを防がんとするも、とても叶うべきことにあらず。
たとい、あるいはその手当てをなすも莫大の入費にて益もなきことなるゆえ、右のごとく国民の総代として政府を立て、善人保護の職分を勤めしめ、その代わりとして役人の給料はもちろん、政府の諸入用をば悉皆《しっかい》国民より賄《まかな》うべしと約束せしことなり。かつまた政府はすでに国民の総名代となりて事をなすべき権を得たるものなれば、政府のなすことはすなわち国民のなすことにて、国民は必ず政府の法に従わざるべからず。これまた国民と政府との約束なり。ゆえに国民の政府に従うは政府の作りし法に従うにあらず、みずから作りし法に従うなり。国民の法を破るは政府の作りし法を破るにあらず、みずから作りし法を破るなり。その法を破りて刑罰を被《こうむ》るは政府に罰せらるるにあらず、みずから定めし法によりて罰せらるるなり。この趣を形容して言えば、国民たる者は一人にて二人前の役目を勤むるがごとし。すなわちその一の役目は、自分の名代として政府を立て、一国中の悪人を取り押えて善人を保護することなり。その二の役目は、固く政府の約束を守りその法に従いて保護を受くることなり。
右のごとく、国民は政府と約束して政令の権柄《けんぺい》を政府に任せたる者なれば、かりそめにもこの約束を違《たが》えて法に背《そむ》くべからず。人を殺す者を捕えて死刑に行なうも政府の権なり、盗賊を縛りて獄屋に繋《つな》ぐも政府の権なり、公事《くじ》訴訟を捌《さば》くも政府の権なり、乱暴・喧嘩を取り押うるも政府の権なり。これらの事につき、国民は少しも手を出だすべからず。もし心得違いして私に罪人を殺し、あるいは盗賊を捕えてこれを笞《むち》うつ等のことあれば、すなわち国の法を犯し、みずから私に他人の罪を裁決する者にて、これを私裁と名づけ、その罪|免《ゆる》すべからず。この一段に至りては文明諸国の法律はなはだ厳重なり。いわゆる威ありて猛《たけ》からざるものか。わが日本にては政府の威権盛んなるに似たれども、人民ただ政府の貴きを恐れてその法の貴きを知らざる者あり。今ここに私裁のよろしからざる所以と国法の貴き所以とを記すこと左のごとし。
譬《たと》えばわが家に強盗の入り来たりて、家内の者を威《おど》し金を奪わんとすることあらん。この時に当たり、家の主人たる者の職分は、この事の次第を政府に訴え、政府の処置を待つべきはずなれども、事火急にして出訴の間合いもなく、かれこれするうちにかの強盗はすでに土蔵へ這入《はい》りて金を持ち出さんとするの勢いあり。これを止めんとすれば主人の命も危き場合なるゆえ、やむを得ず家内申し合わせて私にこれを防ぎ、当座の取り計らいにてこの強盗を捕え置き、しかる後に政府へ訴え出ずるなり。これを捕うるにつきては、あるいは棒を用い、あるいは刃物を用い、あるいは賊の身に疵《きず》つくることもあるべし、あるいはその足を打ち折ることもあるべし、事急なるときは鉄砲をもって打ち殺すこともあるべしといえども、結局主人たる者は、わが生命を護り、わが家財を守るために一時の取り計らいをなしたるのみにて、けっして賊の無礼を咎《とが》め、その罪を罰するの趣意にあらず。
罪人を罰するは政府に限りたる権なり、私の職分にあらず。ゆえに私の力にてすでにこの強盗を取り押え、わが手に入りしうえは、平人の身としてこれを殺しこれを打擲《ちょうちゃく》すべからざるはもちろん、指一本を賊の身に加うることをも許さず、ただ政府に告げて政府の裁判を待つのみ。もしも賊を取り押えしうえにて、怒りに乗じてこれを殺し、これを打擲することあれば、その罪は無罪の人を殺し、無罪の人を打擲するに異ならず。譬えば某国の律に、「金十円を盗む者はその刑、笞《むち》一百、また足をもって人の面を蹴《け》る者もその刑、笞一百」とあり。しかるにここに盗賊ありて、人の家に入り金十円を盗み得て出でんとするとき、主人に取り押えられ、すでに縛られしうえにて、その主人なおも怒りに乗じ足をもって賊の面を蹴ることあらん、しかるときその国の律をもってこれを論ずれば、賊は金十円を盗みし罪にて一百の笞を被り、主人もまた平人の身をもって私に賊の罪を裁決し足をもってその面を蹴りたる罪により笞うたるること一百なるべし。国法の厳なることかくのごとし。人々恐れざるべからず。
右の理をもって考うれば敵討《かたきう》ちのよろしからざることも合点すべし。わが親を殺したる者はすなわちその国にて一人の人を殺したる公の罪人なり。この罪人を捕えて刑に処するは政府に限りたる職分にて、平人の関わるところにあらず。しかるにその殺されたる者の子なればとて、政府に代わりて私にこの公の罪人を殺すの理あらんや。差し出がましき挙動と言うべきのみならず、国民たるの職分を誤り、政府の約束に背くものと言うべし。もしこのことにつき、政府の処置よろしからずして罪人を贔屓《ひいき》するなどのことあらば、その不筋《ふすじ》なる次第を政府に訴うべきのみ。なんらの事故あるもけっしてみずから手を出だすべからず。たとい親の敵は目の前に徘徊《はいかい》するも私にこれを殺すの理なし。
昔、徳川の時代に、浅野家の家来、主人の敵討ちとて吉良上野介《きらこうずけのすけ》を殺したることあり。世にこれを赤穂《あこう》の義士と唱えり。大なる間違いならずや。この時日本の政府は徳川なり。浅野内匠頭《あさのたくみのかみ》も吉良上野介も浅野家の家来もみな日本の国民にて、政府の法に従いその保護を蒙《こうむ》るべしと約束したるものなり。しかるに一朝の間違いにて上野介なる者内匠頭へ無礼を加えしに、内匠頭これを政府に訴うることを知らず、怒りに乗じて私に上野介を切らんとしてついに双方の喧嘩となりしかば、徳川政府の裁判にて内匠頭へ切腹を申しつけ、上野介へは刑を加えず、この一条は実に不正なる裁判というべし。浅野家の家来どもこの裁判を不正なりと思わば、何がゆえにこれを政府へ訴えざるや。四十七士の面々申し合わせて、おのおのその筋により法に従いて政府に訴え出でなば、もとより暴政府のことゆえ、最初はその訴訟を取り上げず、あるいはその人を捕えてこれを殺すこともあるべしといえども、たとい一人は殺さるるもこれを恐れず、また代わりて訴え出で、したがって殺されしたがって訴え、四十七人の家来、理を訴えて命を失い尽くすに至らば、いかなる悪政府にてもついには必ずその理に伏し、上野介へも刑を加えて裁判を正しゅうすることあるべし。
かくありてこそはじめて真の義士とも称すべきはずなるに、かつてこの理を知らず、身は国民の地位にいながら国法の重きを顧みずしてみだりに上野介を殺したるは、国民の職分を誤り、政府の権を犯して、私に人の罪を裁決したるものと言うべし。幸いにしてその時、徳川の政府にてこの乱暴人を刑に処したればこそ無事に治まりたれども、もしもこれを免《ゆる》すことあらば、吉良家の一族また敵討ちとて赤穂の家来を殺すことは必定《ひつじょう》なり。しかるときはこの家来の一族、また敵討ちとて吉良の一族を攻むるならん。敵討ちと敵討ちとにて、はてしもあらず、ついに双方の一族朋友死し尽くるに至らざれば止まず。いわゆる無政無法の世の中とはこのことなるべし。私裁の国を害することかくのごとし。謹《つつし》まざるべからざるなり。
古《いにしえ》は日本にて百姓・町人の輩《はい》、士分の者に対して無礼を加うれば切捨て御免という法あり。こは政府より公に私裁を許したるものなり。けしからぬことならずや。すべて一国の法はただ一政府にて施行すべきものにて、その法の出ずるところいよいよ多ければその権力もまたしたがっていよいよ弱し。譬《たと》えば封建の世に三百の諸侯おのおの生殺の権ありし時は、政府の力もその割合にて弱かりしはずなり。
私裁のもっともはなはだしくして、政《まつりごと》を害するのもっとも大なるものは暗殺なり。古来暗殺の事跡を見るに、あるいは私怨《しえん》のためにする者あり、あるいは銭を奪わんがためにする者あり。この類の暗殺を企つるものはもとより罪を犯す覚悟にて、自分にも罪人のつもりなれども、別にまた一種の暗殺あり。この暗殺は私のためにあらず、いわゆるポリチカル・エネミ〔政敵〕を悪《にく》んでこれを殺すものなり。天下の事につき銘々の見込みを異にし、私の見込みをもって他人の罪を裁決し、政府の権を犯して恣《ほしいまま》に人を殺し、これを恥じざるのみならずかえって得意の色をなし、みずから天誅《てんちゅう》を行なうと唱うれば、人またこれを称して報国の士と言う者あり。そもそも天誅とは何事なるや。天に代わりて誅罰を行なうというつもりか。もしそのつもりならば、まず自分の身の有様を考えざるべからず。元来この国に居《お》り、政府へ対していかなる約定を結びしや。「必ずその国法を守りて身の保護を被《こうむ》るべし」とこそ約束したることなるべし。もし国の政事につき不平の箇条を見いだし、国を害する人物ありと思わば、静かにこれを政府へ訴うべきはずなるに、政府を差し置き、みずから天に代わりて事をなすとは商売違いもまたはなはだしきものと言うべし。畢竟《ひっきょう》この類の人は、性質律儀なれども物事の理に暗く、国を患《うれ》うるを知りて国を患うる所以《ゆえん》の道を知らざる者なり。試みに見よ、天下古今の実験に、暗殺をもってよく事をなし世間の幸福を増したるものは、いまだかつてこれあらざるなり。
国法の貴きを知らざる者は、ただ政府の役人を恐れ、役人の前をほどよくして、表向きに犯罪の名あらざれば内実の罪を犯すもこれを恥とせず。ただにこれを恥じざるのみならず、巧みに法を破りて罪を遁《のが》るる者あればかえってこれをその人の働きとしてよき評判を得ることあり。今、世間日常の話に、此《これ》も上の御大法なり、彼《かれ》も政府の表向きなれども、この事を行なうにかく私に取り計らえば、表向きの御大法には差しつかえもあらず、表向きの内証などとて笑いながら談話して咎《とが》むるものもなく、はなはだしきは小役人と相談のうえ、この内証事を取り計らい、双方ともに便利を得て罪なき者のごとし。実はかの御大法なるもの、あまり煩《わずら》わしきに過ぎて事実に施すべからざるよりして、この内証事も行なわるることなるべしといえども、一国の政治をもってこれを論ずれば、もっとも恐るべき悪弊なり。かく国法を軽蔑するの風に慣れ、人民一般に不誠実の気を生じ、守りて便利なるべき法をも守らずして、ついには罪を蒙ることあり。
譬えば今往来に小便するは政府の禁制なり。しかるに人民みなこの禁令の貴きを知らずしてただ邏卒《らそつ》を恐るるのみ。あるいは日暮れなど邏卒のあらざるを窺《うかが》いて法を破らんとし、はからずも見咎めらるることあればその罪に伏すといえども、本人の心中には貴き国法を犯したるがゆえに罰せらるるとは思わずして、ただ恐ろしき邏卒に逢いしをその日の不幸と思うのみ。実に歎かわしきことならずや。ゆえに政府にて法を立つるは勉《つと》めて簡なるを良とす。すでにこれを定めて法となすうえは必ず厳にその趣意を達せざるべからず。人民は政府の定めたる法を見て不便なりと思うことあらば、遠慮なくこれを論じて訴うべし。すでにこれを認めてその法の下に居るときは、私にその法を是非することなく謹んでこれを守らざるべからず。
近くは先月わが慶応義塾にも一事あり。華族|太田資美《おおたすけよし》君、一昨年より私金を投じて米国人を雇い、義塾の教員に供えしが、このたび交代の期限に至り、他の米人を雇い入れんとして、当人との内談すでに整いしにつき、太田氏より東京府へ書面を出だしこの米人を義塾に入れて文学・科学の教師に供えんとの趣を出願せしところ、文部省の規則に、「私金をもって私塾の教師を雇い、私に人を教育するものにても、その教師なる者、本国にて学科卒業の免状を得てこれを所持するものにあらざれば雇入れを許さず」との箇条あり。しかるにこのたび雇い入れんとする米人、かの免状を所持せざるにつき、ただ語学の教師とあればともかくもなれども、文学・科学の教師としては願いの趣、聞き届け難き旨《むね》、東京府より太田氏へ御沙汰なり。
よって福沢諭吉より同府へ書を呈し、「この教師なる者、免状を所持せざるもその学力は当塾の生徒を教うるため十分なるゆえ、太田氏の願いのとおりに命ぜられたく、あるいは語学の教師と申し立てなば願いも済むべきなれども、もとよりわが生徒は文学・科学を学ぶつもりなれば、語学と偽り官を欺《あざむ》くことはあえてせざるところなり」と出願したりしかども、文部省の規則変ずべからざる由にて、諭吉の願書もまた返却したり。これがためすでに内約の整いし教師を雇い入るるを得ず、去年十二月下旬、本人は去りて米国へ帰り、太田君の素志も一時の水の泡となり、数百の生徒も望みを失い、実に一私塾の不幸のみならず、天下文学のためにも大なる妨げにて、馬鹿らしく苦々しきことなれども、国法の貴重なる、これを如何《いかん》ともすべからず、いずれ近日また重ねて出願のつもりなり。今般の一条につきては、太田氏をはじめ社中集会してその内話に、「かの文部省にて定めたる私塾教師の規則もいわゆる御大法なれば、ただ文学・科学の文字を消して語学の二字に改むれば、願いも済み、生徒のためには大幸ならん」と再三商議したれども、結局のところ、このたびの教師を得ずして社中生徒の学業あるいは退歩することあるも、官を欺くは士君子の恥ずべきところなれば、謹んで法を守り国民たるの分を誤らざるの方、上策なるべしとて、ついにこの始末に及びしことなり。もとより一私塾の処置にてこのこと些末に似たれども、議論の趣意は世教にも関わるべきことと思い、ついでながらこれを巻末に記すのみ。
[#改段]
七編
国民の職分を論ず
第六編に国法の貴きを論じ、「国民たる者は一人にて二人前の役目を勤むるものなり」と言えり。今またこの役目職分の事につき、なおその詳《つまび》らかなるを説きて六編の補遺となすこと左のごとし。
およそ国民たる者は一人の身にして二ヵ条の勤めあり。その一の勤めは政府の下に立つ一人の民たるところにてこれを論ず、すなわち客のつもりなり。その二の勤めは国中の人民申し合わせて、一国と名づくる会社を結び、社の法を立ててこれを施し行なうことなり、すなわち主人のつもりなり。譬《たと》えばここに百人の町人ありてなんとかいう商社を結び、社中相談のうえにて社の法を立て、これを施し行なうところを見れば、百人の人はその商社の主人なり。すでにこの法を定めて、社中の人いずれもこれに従い違背せざるところを見れば、百人の人は商社の客なり。ゆえに一国はなお商社のごとく、人民はなお社中の人のごとく、一人にて主客二様の職を勤むべき者なり。
第一 客の身分をもって論ずれば、一国の人民は国法を重んじ人間同等の趣意を忘るべからず。他人の来たりてわが権義を害するを欲せざれば、われもまた他人の権義を妨《さまた》ぐべからず。わが楽しむところのものは他人もまたこれを楽しむがゆえに、他人の楽しみを奪いてわが楽しみを増すべからず、他人の物を盗んでわが富となすべからず、人を殺すべからず、人を讒《ざん》すべからず、まさしく国法を守りて彼我《ひが》同等の大義に従うべし。また国の政体によりて定まりし法は、たといあるいは愚かなるも、あるいは不便なるも、みだりにこれを破るの理なし。師《いくさ》を起こすも外国と条約を結ぶも政府の権にあることにて、この権はもと約束にて人民より政府へ与えたるものなれば、政府の政に関係なき者はけっしてそのことを評議すべからず。
人民もしこの趣意を忘れて、政府の処置につきわが意に叶《かな》わずとて恣《ほしいまま》に議論を起こし、あるいは条約を破らんとし、あるいは師《いくさ》を起こさんとし、はなはだしきは一騎先駆け、自刃を携えて飛び出すなどの挙動に及ぶことあらば、国の政《まつりごと》は一日も保つべからず。これを譬えばかの百人の商社兼ねて申し合せのうえ、社中の人物十人を選んで会社の支配人と定め置き、その支配人の処置につき、残り九十人の者どもわが意に叶《かな》わずとて銘々に商法を議し、支配人は酒を売らんとすれば九十人の者は牡丹餅《ぼたもち》を仕入れんとし、その評議区々にて、はなはだしきは一了簡をもって私に牡丹餅の取引きを始め、商社の法に背きて他人と争論に及ぶなどのことあらば、会社の商売は一日も行なわるべからず。ついにその商社の分散するに至らば、その損亡《そんもう》は商社百人一様の引受けなるべし。愚もまたはなはだしきものと言うべし。ゆえに国法は不正不便なりといえども、その不正不便を口実に設けてこれを破るの理なし。もし事実において不正不便の箇条あらば、一国の支配人たる政府に説き勧めて静かにその法を改めしむべし。政府もしわが説に従わずんば、かつ力を尽くしかつ堪忍して時節を待つべきなり。
第二 主人の身分をもって論ずれば、一国の人民はすなわち政府なり。そのゆえは一国中の人民|悉皆《しっかい》政をなすべきものにあらざれば、政府なるものを設けてこれに国政を任せ、人民の名代として事務を取り扱わしむべしとの約束を定めたればなり。ゆえに人民は家元なり、また主人なり。政府は名代人なり、また支配人なり。譬えば商社百人のうちより選ばれたる十人の支配人は政府にて、残り九十人の社中は人民なるがごとし。この九十人の社中は自分にて事務を取り扱うことなしといえども、己《おの》が代人として十人の者へ事を任せたるゆえ、己れの身分を尋ぬればこれを商社の主人と言わざるを得ず。またかの十人の支配人は現在の事を取り扱うといえども、もと社中の頼みを受けその意に従いて事をなすべしと約束したる者なれば、その実は私にあらず、商社の公務を勤むる者なり。いま世間にて政府に関わることを公務と言い公用と言うも、その字のよって来たるところを尋ぬれば、政府の事は役人の私事にあらず、国民の名代となりて一国を支配する公の事務という義なり。
右の次第をもって、政府たるものは人民の委任を引き受け、その約束に従いて一国の人をして貴賤《きせん》上下の別なくいずれもその権義を逞しゅうせしめざるべからず、法を正しゅうし罰を厳にして一点の私曲あるべからず。今ここに一群の賊徒来たりて人の家に乱入するとき、政府これを見てこれを制すること能《あた》わざれば政府もその賊の徒党と言いて可なり。政府もし国法の趣意を達すること能わずして人民に損亡を蒙らしむることあらば、その高《たか》の多少を論ぜずその事の新旧を問わず、必ずこれを償《つぐな》わざるべからず。譬えば役人の不行届きにて国内の人か、または外国人へ損亡をかけ、三万円の償金を払うことあらん。政府にはもとより金のあるべき理なければ、その償金の出ずるところはかならず人民なり。この三万円を日本国中およそ三千万人の人口に割り付くれば、一人前十文ずつに当たる。役人の不行届き十度を重ぬれば、人民の出金一人前百文に当たり、家内五人の家なれば五百文なり。田舎の小百姓に五百文の銭あれば、妻子打ち寄り、山家相応の馳走を設けて一夕の愉快を尽くすべきはずなるに、ただ役人の不行届きのみにより、全日本国中|無辜《むこ》の小民をしてその無上の歓楽を失わしむるは実に気の毒の至りならずや。人民の身としてはかかる馬鹿らしき金を出だすべき理なきに似たれども、如何《いかん》せん、その人民は国の家元主人にて、最初より政府へこの国を任せて事務を取り扱わしむるの約束をなし、損得ともに家元にて引き受くべきはずのものなれば、ただ金を失いしときのみに当たりて、役人の不調法をかれこれと議論すべからず。ゆえに人民たる者は平生よりよく心を用い、政府の処置を見て不安心と思うことあらば、深切にこれを告げ、遠慮なく穏やかに論ずべきなり。
人民はすでに一国の家元にて、国を護るための入用を払うはもとよりその職分なれば、この入用を出だすにつきけっして不平の顔色を見《あら》わすべからず。国を護るためには役人の給料なかるべからず、海陸の軍費なかるべからず、裁判所の入用もあり、地方官の入用もあり、その高を集めてこれを見れば大金のように思わるれども、一人前の頭に割り付けてなにほどなるや。日本にて歳入の高を全国の人口に割り付けなば、一人前に一円か二円なるべし。一年の間にわずか一、二円の金を払うて政府の保護を被り、夜盗押込みの患いもなく、ひとり旅行に山賊の恐れもなくして、安穏にこの世を渡るは大なる便利ならずや。およそ世の中に割合よき商売ありといえども、運上を払うて政府の保護を買うほど安きものはなかるべし。世上の有様を見るに、普請に金を費やす者あり、美服美食に力を尽くす者あり、はなはだしきは酒色のために銭を棄てて身代を傾くる者もあり、これらの費えをもって運上の高に比較しなば、もとより同日の話にあらず、不筋の金なればこそ一銭をも惜しむべけれども、道理において出だすべきはずのみならず、これを出だして安きものを買うべき銭なれば、思案にも及ばず快く運上を払うべきなり。
右のごとく人民も政府もおのおのその分限を尽くして互いに居《お》り合うときは申し分もなきことなれども、あるいは然らずして政府なるものその分限を越えて暴政を行なうことあり。ここに至りて人民の分としてなすべき挙動はただ三ヵ条あるのみ。すなわち節を屈して政府に従うか、力をもって政府に敵対するか、正理を守りて身を棄つるか、この三ヵ条なり。
第一 節を屈して政府に従うははなはだよろしからず。人たる者は天の正道に従うをもって職分とす。しかるにその節を屈して政府人造の悪法に従うは、人たるの職分を破るものと言うべし。かつひとたび節を屈して不正の法に従うときは、後世子孫に悪例を遺《のこ》して天下一般の弊風を醸《かも》しなすべし。古来日本にても愚民の上に暴政府ありて、政府虚威を逞しゅうすれば人民はこれに震い恐れ、あるいは政府の処置を見て現に無理とは思いながら、事の理非を明らかに述べなば必ずその怒りに触れ、後日に至りて暗に役人らに窘《くる》しめらるることあらんを恐れて言うべきことをも言うものなし。その後日の恐れとは俗にいわゆる犬の糞でかたきなるものにて、人民はひたすらこの犬の糞を憚《はばか》り、いかなる無理にても政府の命には従うべきものと心得て、世上一般の気風をなし、ついに今日の浅ましき有様に陥りたるなり。すなわちこれ人民の節を屈して禍《わざわい》を後世に残したる一例と言うべし。
第二 力をもって政府に敵対するはもとより一人の能くするところにあらず、必ず徒党を結ばざるべからず。すなわちこれ内乱の師《いくさ》なり。けっしてこれを上策というべからず。すでに師を起こして政府に敵するときは、事の理非曲直はしばらく論ぜずして、ただ力の強弱のみを比較せざるべからず。しかるに古今内乱の歴史を見れば、人民の力はつねに政府よりも弱きものなり。また内乱を起こせば、従来その国に行なわれたる政治の仕組みをひとたび覆《くつが》えすはもとより論を俟《ま》たず。しかるにその旧《もと》の政府なるもの、たといいかなる悪政府にても、おのずからまた善政良法あるにあらざれば政府の名をもって若干の年月を渡るべき理なし。
ゆえに一朝の妄動にてこれを倒すも、暴をもって暴に代え、愚をもって愚に代うるのみ。また内乱の源を尋ぬれば、もと人の不人情を悪《にく》みて起こしたるものなり。しかるにおよそ人間世界に内乱ほど不人情なるものはなし。世間朋友の交わりを破るはもちろん、はなはだしきは親子相殺し兄弟相敵し、家を焼き人を屠《ほふ》り、その悪事至らざるところなし。かかる恐ろしき有様にて人の心はますます残忍に陥り、ほとんど禽獣《きんじゅう》とも言うべき挙動をなしながら、かえって旧の政府よりもよき政を行ない寛大なる法を施して天下の人情を厚きに導かんと欲するか。不都合なる考えと言うべし。
第三 正理を守りて身を棄つるとは、天の道理を信じて疑わず、いかなる暴政の下に居ていかなる苛酷の法に窘しめらるるも、その苦痛を忍びてわが志を挫《くじ》くことなく、一寸の兵器を携えず片手の力を用いず、ただ正理を唱えて政府に迫ることなり。以上三策のうち、この第三策をもって上策の上とすべし。理をもって政府に迫れば、その時その国にある善政良法はこれがため少しも害を被ることなし。その正論あるいは用いられざることあるも、理のあるところはこの論によりてすでに明らかなれば、天然の人心これに服せざることなし。ゆえに今年に行なわれざればまた明年を期すべし。かつまた力をもって敵対するものは一を得んとして百を害するの患《うれ》いあれども、理を唱えて政府に迫るものはただ除くべきの害を除くのみにて他に事を生ずることなし。その目的とするところは政府の不正を止むるの趣意なるがゆえに、政府の処置、正に帰すれば議論もまたともにやむべし。また力をもって政府に敵すれば、政府は必ず怒りの気を生じ、みずからその悪を顧みずしてかえってますます暴威を張り、その非を遂げんとするの勢いに至るべしといえども、静かに正理を唱うる者に対しては、たとい暴政府といえどもその役人もまた同国の人類なれば、正者の理を守りて身を棄つるを見て必ず同情相憐れむの心を生ずべし。すでに他を憐れむの心を生ずれば、おのずから過《あやま》ちを悔い、おのずから胆を落として、必ず改心するに至るべし。
かくのごとく世を患《うれ》いて身を苦しめあるいは命を落とすものを、西洋の語にてマルチルドムという。失うところのものはただ一人の身なれども、その功能は千万人を殺し千万両を費やしたる内乱の師《いくさ》よりもはるかに優《まさ》れり。古来日本にて討死《うちじに》せし者も多く切腹せし者も多し、いずれも忠臣義士とて評判は高しといえども、その身を棄てたる所以を尋ぬるに、多くは両主政権を争うの師に関係する者か、または主人の敵討《かたきう》ちなどによりて花々しく一命を抛《なげう》ちたる者のみ。その形は美に似たれどもその実は世に益することなし。己《おの》が主人のためと言い己が主人に申し訳なしとて、ただ一命をさえ棄つればよきものと思うは不文不明の世の常なれども、いま文明の大義をもってこれを論ずれば、これらの人はいまだ命の棄てどころを知らざる者と言うべし。元来、文明とは、人の智徳を進め、人々《にんにん》身《み》みずからその身を支配して世間相交わり、相害することもなく害せらるることもなく、おのおのその権義を達して一般の安全繁盛を致すを言うなり。さればかの師《いくさ》にもせよ敵討ちにもせよ、はたしてこの文明の趣意に叶《かな》い、この師に勝ちてこの敵を滅ぼし、この敵討ちを遂げてこの主人の面目を立つれば、必ずこの世は文明に赴き、商売も行なわれ工業も起こりて、一般の安全繁盛を致すべしとの目的あらば、討死も敵討ちも尤《もっと》ものようなれども、事柄においてけっしてその目的あるべからず。
かつかの忠臣義士にもそれほどの見込みはあるまじ。ただ因果ずくにて旦那へ申し訳までのことなるべし。旦那へ申し訳にて命を棄てたる者を忠臣義士と言わば、今日も世間にその人は多きものなり。権助が主人の使いに行き、一両の金を落として途方に暮れ、旦那へ申し訳なしとて思案を定め、並木の枝にふんどしを掛けて首を縊《くく》るの例は世に珍しからず。今この義僕がみずから死を決する時の心を酌《く》んで、その情実を察すれば、また憐れむべきにあらずや。使いに出でていまだ帰らず、身まず死す。長く英雄をして涙を襟《えり》に満たしむべし。主人の委託を受けてみずから任じたる一両の金を失い、君臣の分を尽くすに一死をもってするは、古今の忠臣義士に対して毫《ごう》も恥ずることなし。その誠忠は日月とともに燿《かがや》き、その功名は天地とともに永かるべきはずなるに、世人みな薄情にしてこの権助を軽蔑し、碑の銘を作りてその功業を称する者もなく、宮殿を建てて祭る者もなきはなんぞや。人みな言わん、「権助の死はわずかに一両のためにしてその事の次第はなはだ些細なり」と。然りといえども事の軽重は金高の大小、人数の多少をもって論ずべからず、世の文明に益あると否とによりてその軽重を定むべきものなり。しかるに今かの忠臣義士が一万の敵を殺して討死するも、この権助が一両の金を失うて首を縊るも、その死をもって文明を益することなきに至りてはまさしく同様のわけにて、いずれを軽しとしいずれを重しとすべからざれば、義士も権助もともに命の棄てどころを知らざる者と言いて可なり。これらの挙動をもってマルチルドムと称すべからず。余輩の聞くところにて、人民の権義を主張し正理を唱えて政府に迫り、その命を棄てて終わりをよくし、世界中に対して恥ずることなかるべき者は、古来ただ一名の佐倉宗五郎《さくらそうごろう》あるのみ。ただし宗五郎の伝は俗間に伝わる草紙の類のみにて、いまだその詳《つまび》らかなる正史を得ず。もし得ることあらば他日これを記してその功徳を表し、もって世人の亀鑑《きかん》に供すべし。
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