調査分析報道・資料倉庫 BY オフイス・マツナガ著作権切れ著作学問のすすめ1 福沢諭吉

学問のすすめ1
福沢諭吉

出典:インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)

初編〜三編

 

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)貴賤《きせん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)外国|交易《こうえき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+畜」、第3水準1-84-85]
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底本:「日本の名著 33 福沢諭吉」中公バックス、中央公論社
   1984(昭和59)年7月20日初版発行
底本の親本:「福沢諭吉全集 第三巻」岩波書店
   1959(昭和34)年4月
初出:「学問のすすめ」
   1872(明治5)年2月初編発行
入力:任天堂株式会社
校正:松永正敏
2008年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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 初編

 

 

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤《きせん》上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資《と》り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥《どろ》との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教《じつごきょう》』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役《りきえき》はやすし。ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。
 身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々《しもじも》の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本《もと》を尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺《ことわざ》にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人《げにん》となるなり。
 学問とは、ただむずかしき字を知り、解《げ》し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。これらの文学もおのずから人の心を悦《よろこ》ばしめずいぶん調法なるものなれども、古来、世間の儒者・和学者などの申すよう、さまであがめ貴《とうと》むべきものにあらず。古来、漢学者に世帯持ちの上手なる者も少なく、和歌をよくして商売に巧者なる町人もまれなり。これがため心ある町人・百姓は、その子の学問に出精するを見て、やがて身代を持ち崩すならんとて親心に心配する者あり。無理ならぬことなり。畢竟《ひっきょう》その学問の実に遠くして日用の間に合わぬ証拠なり。
 されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬《たと》えば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言《もんごん》、帳合いの仕方、算盤《そろばん》の稽古、天秤《てんびん》の取扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し。地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土《ふうど》道案内なり。究理学とは天地万物の性質を見て、その働きを知る学問なり。歴史とは年代記のくわしきものにて万国古今の有様を詮索する書物なり。経済学とは一身一家の世帯より天下の世帯を説きたるものなり。修身学とは身の行ないを修め、人に交わり、この世を渡るべき天然の道理を述べたるものなり。
 これらの学問をするに、いずれも西洋の翻訳書を取り調べ、たいていのことは日本の仮名にて用を便じ、あるいは年少にして文才ある者へは横文字をも読ませ、一科一学も実事を押え、その事につきその物に従い、近く物事の道理を求めて今日の用を達すべきなり。右は人間普通の実学にて、人たる者は貴賤上下の区別なく、みなことごとくたしなむべき心得なれば、この心得ありて後に、士農工商おのおのその分を尽くし、銘々の家業を営み、身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり。
 学問をするには分限を知ること肝要なり。人の天然生まれつきは、繋《つな》がれず縛られず、一人前《いちにんまえ》の男は男、一人前の女は女にて、自由自在なる者なれども、ただ自由自在とのみ唱えて分限《ぶんげん》を知らざればわがまま放蕩に陥ること多し。すなわちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずしてわが一身の自由を達することなり。自由とわがままとの界《さかい》は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。譬《たと》えば自分の金銀を費やしてなすことなれば、たとい酒色に耽《ふけ》り放蕩を尽くすも自由自在なるべきに似たれども、けっして然《しか》らず、一人の放蕩は諸人の手本となり、ついに世間の風俗を乱りて人の教えに妨げをなすがゆえに、その費やすところの金銀はその人のものたりとも、その罪許すべからず。
 また自由独立のことは人の一身にあるのみならず、一国の上にもあることなり。わが日本はアジヤ州の東に離れたる一個の島国にて、古来外国と交わりを結ばず、ひとり自国の産物のみを衣食して不足と思いしこともなかりしが、嘉永年中アメリカ人渡来せしより外国|交易《こうえき》のこと始まり、今日の有様に及びしことにて、開港の後もいろいろと議論多く、鎖国|攘夷《じょうい》などとやかましく言いし者もありしかども、その見るところはなはだ狭く、諺《ことわざ》に言う「井の底の蛙《かわず》」にて、その議論とるに足らず。日本とても西洋諸国とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海をともにし、空気をともにし、情合い相同じき人民なれば、ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互いに相教え互いに相学び、恥ずることもなく誇ることもなく、互いに便利を達し互いにその幸いを祈り、天理人道に従いて互いの交わりを結び、理のためにはアフリカの黒奴《こくど》にも恐れ入り、道のためにはイギリス・アメリカの軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄《す》てて国の威光を落とさざるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。
 しかるを支那人などのごとく、わが国よりほかに国なきごとく、外国の人を見ればひとくちに夷狄《いてき》夷狄と唱え、四足にてあるく畜類のようにこれを賤《いや》しめこれを嫌《きら》い、自国の力をも計らずしてみだりに外国人を追い払わんとし、かえってその夷狄に窘《くる》しめらるるなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人の身の上にて言えば天然の自由を達せずしてわがまま放蕩に陥る者と言うべし。王制|一度《ひとたび》新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し、すでに平民へ苗字《みょうじ》・乗馬を許せしがごときは開闢《かいびゃく》以来の一|美事《びじ》、士農工商四民の位を一様にするの基《もとい》ここに定まりたりと言うべきなり。
 されば今より後は日本国中の人民に、生まれながらその身につきたる位などと申すはまずなき姿にて、ただその人の才徳とその居処《きょしょ》とによりて位もあるものなり。たとえば政府の官吏を粗略にせざるは当然のことなれども、こはその人の身の貴きにあらず、その人の才徳をもってその役儀を勤め、国民のために貴き国法を取り扱うがゆえにこれを貴ぶのみ。人の貴きにあらず、国法の貴きなり。旧幕府の時代、東海道にお茶壺の通行せしは、みな人の知るところなり。そのほか御用の鷹《たか》は人よりも貴く、御用の馬には往来の旅人も路を避くる等、すべて御用の二字を付くれば、石にても瓦《かわら》にても恐ろしく貴きもののように見え、世の中の人も数千百年の古《いにしえ》よりこれを嫌いながらまた自然にその仕来《しきた》りに慣れ、上下互いに見苦しき風俗を成せしことなれども、畢竟これらはみな法の貴きにもあらず、品物の貴きにもあらず、ただいたずらに政府の威光を張り人を畏《おど》して人の自由を妨げんとする卑怯なる仕方にて、実なき虚威というものなり。今日に至りてはもはや全日本国内にかかる浅ましき制度、風俗は絶えてなきはずなれば、人々安心いたし、かりそめにも政府に対して不平をいだくことあらば、これを包みかくして暗に上《かみ》を怨《うら》むることなく、その路を求め、その筋により静かにこれを訴えて遠慮なく議論すべし。天理人情にさえ叶うことならば、一命をも抛《なげう》ちて争うべきなり。これすなわち一国人民たる者の分限と申すものなり。
 前条に言えるとおり、人の一身も一国も、天の道理に基づきて不覊《ふき》自由なるものなれば、もしこの一国の自由を妨げんとする者あらば世界万国を敵とするも恐るるに足らず、この一身の自由を妨げんとする者あらば政府の官吏も憚《はばか》るに足らず。ましてこのごろは四民同等の基本も立ちしことなれば、いずれも安心いたし、ただ天理に従いて存分に事をなすべしとは申しながら、およそ人たる者はそれぞれの身分あれば、またその身分に従い相応の才徳なかるべからず。身に才徳を備えんとするには物事の理を知らざるべからず。物事の理を知らんとするには字を学ばざるべからず。これすなわち学問の急務なるわけなり。
 昨今の有様を見るに、農工商の三民はその身分以前に百倍し、やがて士族と肩を並ぶるの勢いに至り、今日にても三民のうちに人物あれば政府の上に採用せらるべき道すでに開けたることなれば、よくその身分を顧み、わが身分を重きものと思い、卑劣の所行あるべからず。およそ世の中に無知文盲の民ほど憐《あわ》れむべくまた悪《にく》むべきものはあらず。智恵なきの極《きわ》みは恥を知らざるに至り、己《おの》が無智をもって貧窮に陥り飢寒に迫るときは、己が身を罪せずしてみだりに傍《かたわら》の富める人を怨み、はなはだしきは徒党を結び強訴《ごうそ》・一揆《いっき》などとて乱暴に及ぶことあり。恥を知らざるとや言わん、法を恐れずとや言わん。天下の法度《ほうど》を頼みてその身の安全を保ち、その家の渡世をいたしながら、その頼むところのみを頼みて、己が私欲のためにはまたこれを破る、前後不都合の次第ならずや。あるいはたまたま身本《みもと》慥《たし》かにして相応の身代ある者も、金銭を貯《たくわ》うることを知りて子孫を教うることを知らず。教えざる子孫なればその愚なるもまた怪しむに足らず。ついには遊惰放蕩に流れ、先祖の家督をも一朝の煙となす者少なからず。
 かかる愚民を支配するにはとても道理をもって諭《さと》すべき方便なければ、ただ威をもって畏《おど》すのみ。西洋の諺《ことわざ》に「愚民の上に苛《から》き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災《わざわい》なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えてなお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴《おもむ》くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛《から》きと寛《ゆる》やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪《にく》む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。今の世に生まれ報国の心あらん者は、必ずしも身を苦しめ思いを焦がすほどの心配あるにあらず。ただその大切なる目当ては、この人情に基づきてまず一身の行ないを正し、厚く学に志し、博《ひろ》く事を知り、銘々の身分に相応すべきほどの智徳を備えて、政府はその政《まつりごと》を施すに易《やす》く、諸民はその支配を受けて苦しみなきよう、互いにその所を得てともに全国の太平を護らんとするの一事のみ。今余輩の勧むる学問ももっぱらこの一事をもって趣旨とせり。

    端書《はしがき》

 このたび余輩の故郷中津に学校を開くにつき、学問の趣意を記して旧《ふる》く交わりたる同郷の友人へ示さんがため一冊を綴りしかば、或る人これを見ていわく、「この冊子をひとり中津の人へのみ示さんより、広く世間に布告せばその益もまた広かるべし」との勧めにより、すなわち慶応義塾の活字版をもってこれを摺《す》り、同志の一覧に供うるなり。
 明治四年|未《ひつじ》十二月
[#ここから地から1字上げ]
福沢諭吉
     記
木幡篤次郎
[#ここで字上げ終わり]
[#改段]

 二編

 

    端書

 学問とは広き言葉にて、無形の学問もあり、有形の学問もあり。心学、神学、理学等は形なき学問なり。天文、地理、窮理、化学等は形ある学問なり。いずれにてもみな知識|見聞《けんもん》の領分を広くして、物事の道理をわきまえ、人たる者の職分を知ることなり。知識見聞を開くためには、あるいは人の言を聞き、あるいはみずから工夫《くふう》を運《めぐ》らし、あるいは書物をも読まざるべからず。ゆえに学問には文字を知ること必要なれども、古来世の人の思うごとく、ただ文字を読むのみをもって学問とするは大なる心得違いなり。
 文字は学問をするための道具にて、譬《たと》えば家を建つるに槌《つち》・鋸《のこぎり》の入用なるがごとし。槌・鋸は普請《ふしん》に欠くべからざる道具なれども、その道具の名を知るのみにて家を建つることを知らざる者はこれを大工と言うべからず。まさしくこのわけにて、文字を読むことのみを知りて物事の道理をわきまえざる者はこれを学者と言うべからず。いわゆる「論語よみの論語しらず」とはすなわちこれなり。わが国の『古事記』は暗誦すれども今日の米の相場を知らざる者は、これを世帯の学問に暗き男と言うべし。経書《けいしょ》・史類の奥義には達したれども商売の法を心得て正しく取引きをなすこと能《あた》わざる者は、これを帳合いの学問に拙《つたな》き人と言うべし。数年の辛苦を嘗め、数百の執行金《しゅぎょうきん》を費やして洋学は成業したれども、なおも一個私立の活計をなし得ざる者は、時勢の学問に疎《うと》き人なり。これらの人物はただこれを文字の問屋と言うべきのみ。その功能は飯を食う字引に異ならず。国のためには無用の長物、経済を妨ぐる食客と言うて可なり。ゆえに世帯も学問なり、帳合いも学問なり、時勢を察するもまた学問なり。なんぞ必ずしも和漢洋の書を読むのみをもって学問と言うの理あらんや。
 この書の表題は『学問のすすめ』と名づけたれども、けっして字を読むことのみを勧むるにあらず。書中に記すところは、西洋の諸書よりあるいはその文を直ちに訳し、あるいはその意を訳し、形あることにても形なきことにても、一般に人の心得となるべき事柄を挙《あ》げて学問の大趣意を示したるものなり。先に著《あら》わしたる一冊を初編となし、なおその意を拡《おしひろ》めてこのたびの二編を綴り、次いで三、四編にも及ぶべし。

   人は同等なること

 初編の首《はじめ》に、人は万人みな同じ位にて生まれながら上下の別なく自由自在云々とあり。今この義を拡めて言わん。人の生まるるは天の然《しか》らしむるところにて人力にあらず。この人々互いに相敬愛しておのおのその職分を尽くし互いに相妨ぐることなき所以《ゆえん》は、もと同類の人間にしてともに一天を与《とも》にし、ともに与に天地の間の造物なればなり。譬えば一家の内にて兄弟相互に睦《むつま》しくするは、もと同一家の兄弟にしてともに一父一母を与にするの大倫あればなり。
 ゆえに今、人と人との釣合いを問えばこれを同等と言わざるを得ず。ただしその同等とは有様の等しきを言うにあらず、権理道義の等しきを言うなり。その有様を論ずるときは、貧富、強弱、智愚の差あることはなはだしく、あるいは大名華族とて御殿に住居し美服、美食する者もあり、あるいは人足とて裏店《うらだな》に借屋して今日の衣食に差しつかえる者もあり、あるいは才智|逞《たくま》しゅうして役人となり商人となりて天下を動かす者もあり、あるいは智恵分別なくして生涯、飴《あめ》やおこし[#「おこし」に傍点]を売る者もあり、あるいは強き相撲取りあり、あるいは弱きお姫様あり、いわゆる雲と泥《どろ》との相違なれども、また一方より見てその人々持ち前の権理通義をもって論ずるときは、いかにも同等にして一厘一毛の軽重あることなし。すなわちその権理通義とは、人々その命《いのち》を重んじ、その身代所持のものを守り、その面目名誉を大切にするの大義なり。天の人を生ずるや、これに体と心との働きを与えて、人々をしてこの通義を遂げしむるの仕掛けを設けたるものなれば、なんらのことあるも人力をもってこれを害すべからず。
 大名の命も人足の命も、命の重きは同様なり。豪商百万両の金も、飴やおこし[#「おこし」に傍点]四文の銭も、己《おの》がものとしてこれを守るの心は同様なり。世の悪《あ》しき諺に、「泣く子と地頭《じとう》には叶《かな》わず」と。またいわく、「親と主人は無理を言うもの」などとて、あるいは人の権理通義をも枉《ま》ぐべきもののよう唱うる者あれども、こは有様と通義とを取り違えたる論なり。地頭と百姓とは、有様を異にすれどもその権理を異にするにあらず。百姓の身に痛きことは地頭の身にも痛きはずなり、地頭の口に甘きものは百姓の口にも甘からん。痛きものを遠ざけ甘きものを取るは人の情欲なり他の妨げをなさずして達すべきの情を達するはすなわち人の権理なり。この権理に至りては地頭も百姓も厘毛の軽重あることなし。ただ地頭は富みて強く、百姓は貧にして弱きのみ。貧富、強弱は人の有様にてもとより同じかるべからず。
 しかるに今、富強の勢いをもって貧弱なる者へ無理を加えんとするは、有様の不同なるがゆえにとて他の権理を害するにあらずや。これを譬えば力士がわれに腕の力ありとて、その力の勢いをもって隣の人の腕を捻《ねじ》り折るがごとし。隣の人の力はもとより力士よりも弱かるべけれども、弱ければ弱きままにてその腕を用い自分の便利を達して差しつかえなきはずなるに、いわれなく力士のために腕を折らるるは迷惑至極と言うべし。
 また右の議論を世の中のことに当てはめて言わん。旧幕府の時代には士民の区別はなはだしく、士族はみだりに権威を振るい、百姓・町人を取り扱うこと目の下の罪人のごとくし、あるいは切捨て御免などの法あり。この法によれば、平民の生命はわが生命にあらずして借り物に異ならず。百姓・町人は由縁《ゆかり》もなき士族へ平身低頭し、外にありては路を避け、内にありて席を譲り、はなはだしきは自分の家に飼いたる馬にも乗られぬほどの不便利を受けたるはけしからぬことならずや。
 右は士族と平民と一人ずつ相対したる不公平なれども、政府と人民との間柄にいたってはなおこれよりも見苦しきことあり。幕府はもちろん、三百諸侯の領分にもおのおの小政府を立てて、百姓・町人を勝手次第に取り扱い、あるいは慈悲に似たることあるもその実は人に持ち前の権理通義を許すことなくして、実に見るに忍びざること多し。そもそも政府と人民との間柄は、前にも言えるごとく、ただ強弱の有様を異にするのみにて権理の異同あるの理なし。百姓は米を作りて人を養い、町人は物を売買して世の便利を達す。これすなわち百姓・町人の商売なり。政府は法令を設けて悪人を制し、善人を保護す。これすなわち政府の商売なり。この商売をなすには莫大の費えなれども、政府には米もなく金もなきゆえ、百姓・町人より年貢《ねんぐ》・運上《うんじょう》を出《い》だして政府の勝手方を賄《まかな》わんと、双方一致のうえ相談を取り極めたり。これすなわち政府と人民との約束なり。ゆえに百姓・町人は年貢・運上を出だして固く国法を守れば、その職分を尽くしたりと言うべし。政府は年貢・運上を取りて正しくその使い払いを立て人民を保護すれば、その職分を尽くしたりと言うべし。双方すでにその職分を尽くして約束を違《たが》うることなきうえは、さらになんらの申し分もあるべからず、おのおのその権理通義を逞しゅうして少しも妨げをなすの理なし。
 しかるに幕府のとき政府のことをお上《かみ》様と唱え、お上の御用とあればばかに威光を振るうのみならず、道中の旅籠《はたご》までもただ食い倒し、川場に銭を払わず、人足に賃銭を与えず、はなはだしきは旦那が人足をゆすりて酒代を取るに至れり。沙汰の限りと言うべし。あるいは殿様のものずきにて普請をするか、または役人の取り計らいにていらざる事を起こし、無益に金を費やして入用不足すれば、いろいろ言葉を飾りて年貢を増し御用金を言いつけ、これを御国恩に報ゆると言う。そもそも御国恩とは何事をさすや。百姓・町人らが安穏に家業を営み、盗賊・人殺しの心配もなくして渡世するを、政府の御恩と言うことなるべし。もとよりかく安穏に渡世するは政府の法あるがためなれども、法を設けて人民を保護するはもと政府の商売柄にて当然の職分なり。これを御恩と言うべからず。政府もし人民に対しその保護をもって御恩とせば、百姓・町人は政府に対しその年貢・運上をもって御恩と言わん。政府もし人民の公事《くじ》訴訟をもってお上の御厄介と言わば、人民もまた言うべし、「十俵作り出だしたる米のうちより五俵の年貢を取らるるは百姓のために大なる御厄介なり」と。いわゆる売り言葉に買い言葉にて、はてしもあらず。とにかくに等しく恩のあるものならば、一方より礼を言いて一方より礼を言わざるの理はなかるべし。
 かかる悪風俗の起こりし由縁を尋ぬるに、その本《もと》は人間同等の大趣意を誤りて、貧富強弱の有様を悪《あ》しき道具に用い、政府富強の勢いをもって貧弱なる人民の権理通義を妨ぐるの場合に至りたるなり。ゆえに人たる者は常に同位同等の趣意を忘るべからず。人間世界にもっとも大切なることなり。西洋の言葉にてこれをレシプロシチまたはエクウオリチと言う。すなわち初編の首《はじめ》に言える万人同じ位とはこのことなり。
 右は百姓・町人に左袒《さたん》して思うさまに勢いを張れという議論なれども、また一方より言えば別に論ずることあり。およそ人を取り扱うには、その相手の人物次第にておのずからその法の加減もなかるべからず。元来、人民と政府との間柄はもと同一体にてその職分を区別し、政府は人民の名代となりて法を施し、人民は必ずこの法を守るべしと、固く約束したるものなり。譬《たと》えば今、日本国中にて明治の年号を奉ずる者は、今の政府の法に従うべしと条約を結びたる人民なり。ゆえにひとたび国法と定まりたることは、たといあるいは人民一個のために不便利あるも、その改革まではこれを動かすを得ず。小心翼々|謹《つつし》みて守らざるべからず。これすなわち人民の職分なり。しかるに無学文盲、理非の理の字も知らず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起きるとのみ、その無学のくせに欲は深く、目の前に人を欺きて巧みに政府の法を遁《のが》れ、国法の何ものたるを知らず、己《おの》が職分の何ものたるを知らず、子をばよく生めどもその子を教うるの道を知らず、いわゆる恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁盛すれば一国の益はなさずして、かえって害をなす者なきにあらず。かかる馬鹿者を取り扱うにはとても道理をもってすべからず、不本意ながら力をもって威《おど》し、一時の大害を鎮《しず》むるよりほかに方便あることなし。
 これすなわち世に暴政府のある所以《ゆえん》なり。ひとりわが旧幕府のみならず、アジヤ諸国古来みな然り。されば一国の暴政は必ずしも暴君暴吏の所為のみにあらず、その実は人民の無智をもってみずから招く禍なり。他人にけしかけられて暗殺を企つる者もあり、新法を誤解して一揆を起こす者あり、強訴を名として金持の家を毀《こぼ》ち、酒を飲み銭を盗む者あり。その挙動はほとんど人間の所業と思われず。かかる賊民を取り扱うには、釈迦も孔子も名案なきは必定、ぜひとも苛刻《かこく》の政を行なうことなるべし。ゆえにいわく、人民もし暴政を避けんと欲せば、すみやかに学問に志しみずから才徳を高くして、政府と相対し同位同等の地位に登らざるべからず。これすなわち余輩の勧むる学問の趣意なり。
[#改段]

 三編

 

   国は同等なること

 およそ人とさえ名あれば、富めるも貧しきも、強きも弱きも、人民も政府も、その権義において異なるなしとのことは、第二編に記せり〔二編にある権理通義の四字を略して、ここにはただ権義と記したり。いずれも英語のライト、right という字に当たる〕。今この義を拡《おしひろ》めて国と国との間柄を論ぜん。国とは人の集まりたるものにて、日本国は日本人の集まりたるものなり、英国は英国人の集まりたるものなり。日本人も英国人も等しく天地の間の人なれば、互いにその権義を妨ぐるの理なし。一人が一人に向かいて害を加うるの理なくば、二人が二人に向かいて害を加うるの理もなかるべし。百万人も千万人も同様のわけにて、物事の道理は人数の多少によりて変ずべからず。今、世界中を見渡すに、文明開化とて文学も武備も盛んにして富強なる国あり、あるいは蛮野未開とて文武ともに不行届きにして貧弱なる国あり。一般にヨーロッパ・アメリカの諸国は富んで強く、アジヤ・アフリカの諸国は貧にして弱し。されどもこの貧富・強弱は国の有様なれば、もとより同じかるべからず。しかるにいま、自国の富強なる勢いをもって貧弱なる国へ無理を加えんとするは、いわゆる力士が腕の力をもって病人の腕を握り折るに異ならず、国の権義において許すべからざることなり。
 近くはわが日本国にても、今日の有様にては西洋諸国の富強に及ばざるところあれども、一国の権義においては厘毛の軽重あることなし。道理に戻《もと》りて曲を蒙《こうむ》るの日に至りては、世界中を敵にするも恐るるに足らず。初編第六葉にも言えるごとく、「日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさず」とはこの場合なり。しかのみならず、貧富・強弱の有様は天然の約束にあらず、人の勉と不勉とによりて移り変わるべきものにて、今日の愚人も明日は智者となるべく、昔年の富強も今世の貧弱となるべし。古今その例少なからず。わが日本国人も今より学問に志し気力を慥《たし》かにして、まず一身の独立を謀《はか》り、したがって一国の富強を致すことあらば、なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこのことなり。

   一身独立して一国独立すること

 前条に言えるごとく、国と国とは同等なれども、国中の人民に独立の気力なきときは一国独立の権義を伸ぶること能《あた》わず。その次第三ヵ条あり。
 第一条 独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず。
 独立とは自分にて自分の身を支配し他によりすがる心なきを言う。みずから物事の理非を弁別して処置を誤ることなき者は、他人の智恵によらざる独立なり。みずから心身を労して私立の活計をなす者は、他人の財によらざる独立なり。人々この独立の心なくしてただ他人の力によりすがらんとのみせば、全国の人はみな、よりすがる人のみにてこれを引き受くる者はなかるべし。これを譬《たと》えば盲人の行列に手引きなきがごとし、はなはだ不都合ならずや。或る人いわく、「民はこれによらしむべしこれを知らしむべからず、世の中は目くら千人目あき千人なれば、智者上にありて諸民を支配し上の意に従わしめて可《か》なり」と。この議論は孔子様の流儀なれども、その実は大いに非なり。一国中に人を支配するほどの才徳を備うる者は千人のうち一人に過ぎず。
 仮りにここに人口百万人の国あらん。このうち千人は智者にして九十九万余の者は無智の小民ならん。智者の才徳をもってこの小民を支配し、あるいは子のごとくして愛し、あるいは羊のごとくして養い、あるいは威《おど》しあるいは撫《ぶ》し、恩威ともに行なわれてその向かうところを示すことあらば、小民も識《し》らず知らずして上の命に従い、盗賊、人殺しの沙汰もなく、国内安穏に治まることあるべけれども、もとこの国の人民、主客の二様に分かれ、主人たる者は千人の智者にて、よきように国を支配し、その余の者は悉皆《しっかい》何も知らざる客分なり。すでに客分とあればもとより心配も少なく、ただ主人にのみよりすがりて身に引き受くることなきゆえ、国を患《うれ》うることも主人のごとくならざるは必然、実に水くさき有様なり。国内のことなればともかくもなれども、いったん外国と戦争などのことあらばその不都合なること思い見るべし。無智無力の小民ら、戈《ほこ》を倒《さかしま》にすることもなかるべけれども、われわれは客分のことなるゆえ一命を棄つるは過分なりとて逃げ走る者多かるべし。さすればこの国の人口、名は百万人なれども、国を守るの一段に至りてはその人数はなはだ少なく、とても一国の独立は叶《かな》い難きなり。
 右の次第につき、外国に対してわが国を守らんには自由独立の気風を全国に充満せしめ、国中の人々、貴賤《きせん》上下の別なく、その国を自分の身の上に引き受け、智者も愚者も目くらも目あきも、おのおのその国人たるの分を尽くさざるべからず。英人は英国をもってわが本国と思い、日本人は日本国をもってわが本国と思い、その本国の土地は他人の土地にあらず、わが国人の土地なれば、本国のためを思うことわが家を思うがごとし。国のためには財を失うのみならず、一命をも抛《なげう》ちて惜しむに足らず。これすなわち報国の大義なり。
 もとより国の政《まつりごと》をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍《かたわら》よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あればその国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あればまたしたがってその職分なかるべからず。
 昔戦国の時、駿河の今川義元《いまがわよしもと》、数万の兵を率いて織田信長《おだのぶなが》を攻めんとせしとき、信長の策にて桶狭間《おけはざま》に伏勢《ふせぜい》を設け、今川の本陣に迫りて義元の首を取りしかば、駿河の軍勢は蜘蛛《くも》の子を散らすがごとく、戦いもせずして逃げ走り、当時名高き駿河の今川政府も一朝に亡びてその痕《あと》なし。近く両三年以前、フランスとプロイセンとの戦いに、両国接戦のはじめ、フランス帝ナポレオンはプロイセンに生《い》け捕《ど》られたれども、仏人はこれによりて望みを失わざるのみならず、ますます憤発して防ぎ戦い、骨をさらし血を流し、数月籠城ののち和睦に及びたれども、フランスは依然として旧《もと》のフランスに異ならず。かの今川の始末に比ぶれば日を同じゅうして語るべからず。そのゆえはなんぞや。駿河の人民はただ義元一人によりすがり、その身は客分のつもりにて、駿河の国をわが本国と思う者なく、フランスには報国の士民多くして国の難を銘々の身に引き受け、人の勧めを待たずしてみずから本国のために戦う者あるゆえ、かかる相違もできしことなり。これによりて考うれば、外国へ対して自国を守るに当たり、その国人に独立の気力ある者は国を思うこと深切にして、独立の気力なき者は不深切なること推して知るべきなり。
 第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。
 独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛《へつら》うものなり。常に人を恐れ人に諛う者はしだいにこれに慣れ、その面の皮、鉄のごとくなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる「習い、性となる」とはこのことにて、慣れたることは容易に改め難きものなり。譬《たと》えば今、日本にて平民に苗字・乗馬を許し、裁判所の風も改まりて、表向きはまず士族と同等のようなれども、その習慣にわかに変ぜず、平民の根性は依然として旧《もと》の平民に異ならず、言語も賤《いや》しく応接も賤しく、目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てと言えば立ち、舞えと言えば舞い、その柔順なること家に飼いたる痩せ犬のごとし。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。
 昔鎖国の世に旧幕府のごとき窮屈なる政を行なう時代なれば、人民に気力なきもその政事に差しつかえざるのみならずかえって便利なるゆえ、ことさらにこれを無智に陥《おとしい》れ、無理に柔順ならしむるをもって役人の得意となせしことなれども、今、外国と交わるの日に至りてはこれがため大なる弊害あり。譬えば田舎の商人ら、恐れながら外国の交易に志して横浜などへ来る者あれば、まず外国人の骨格たくましきを見てこれに驚き、金《かね》の多きを見てこれに驚き、商館の洪大《こうだい》なるに驚き、蒸気船の速きに驚き、すでにすでに胆を落として、追い追いこの外国人に近づき取引きするに及んでは、その駆引きのするどきに驚き、あるいは無理なる理屈を言いかけらるることあればただに驚くのみならず、その威力に震い懼《おそ》れて、無理と知りながら大なる損亡を受け大なる恥辱を蒙《こうむ》ることあり。こは一人の損亡にあらず、一国の損亡なり。一人の恥辱にあらず、一国の恥辱なり。実に馬鹿らしきようなれども、先祖代々独立の気を吸わざる町人根性、武士には窘《くる》しめられ、裁判所には叱られ、一人扶持《いちにんぶち》取る足軽に逢《あ》いてもお旦那さまと崇《あが》めし魂は腹の底まで腐れつき、一朝一夕に洗うべからず、かかる臆病神の手下どもが、かの大胆不敵なる外国人に逢いて、胆をぬかるるは無理ならぬことなり。これすなわち内に居て独立を得ざる者は外にありても独立すること能わざるの証拠なり。
 第三条 独立の気力なき者は人に依頼して悪事をなすことあり。
 旧幕府の時代に名目金《みょうもくきん》とて、御三家などと唱うる権威強き大名の名目を借りて金を貸し、ずいぶん無理なる取引きをなせしことあり。その所業はなはだ悪《にく》むべし。自分の金を貸して返さざる者あらば、再三再四力を尽くして政府に訴うべきなり。しかるにこの政府を恐れて訴うることを知らず、きたなくも他人の名目を借り他人の暴威によりて返金を促《うなが》すとは卑怯なる挙動ならずや。今日に至りては名目金の沙汰は聞かざれども、あるいは世間に外国人の名目を借る者はあらずや。余輩いまだその確証を得ざるゆえ明らかにここに論ずること能わざれども、昔日のことを思えば今の世の中にも疑念なきを得ず。こののち万々一も外国人雑居などの場合に及び、その名目を借りて奸《かん》を働く者あらば、国の禍《わざわい》、実に言うべからざるべし。ゆえに人民に独立の気力なきはその取扱いに便利などとて油断すべからず。禍は思わぬところに起こるものなり。国民に独立の気力いよいよ少なければ、国を売るの禍もまたしたがってますます大なるべし。すなわちこの条のはじめに言える、人に依頼して悪事をなすとはこのことなり。
 右三ヵ条に言うところはみな、人民に独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生まれいやしくも愛国の意あらん者は、官私を問わずまず自己の独立を謀《はか》り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商ともに独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛してひとり心配を求むるより、人を放ちてともに苦楽を与《とも》にするに若《し》かざるなり。
[#改段]


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